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望みつつ 望みつつ しかし “いつか”は、やってこない

『 望みつつ 望みつつ しかし “いつか”は、やってこない  』

今から30年以上も前、30歳になった頃のお正月の話です。

元旦の分厚い新聞のあるページに、新年の言葉としていろいろな方々がいろんなことを書かれていました。

この言葉は、その中で見つけた沢木耕太郎さんの言葉です。

「やりたい」と望んでも「いつか」と思っている限りは実現できない、そんな意味だと思います。

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   静岡のお茶の専業農家の長男として育った自分は、将来は農業(茶業)をやろうと思って大学の農学部に進みました。専攻は農業経営学、卒論のテーマは「掛川市における企業的農業経営の可能性」です。

 ところが、大学2年生の時に凍霜害(八十八夜前の新芽が霜で凍ってしまうこと)がきっかけで、お茶の長期低迷が始まったこともあり、大学時代の自分にはどう考えても農業に可能性が見つけることはできませんでした。

そこで、「それなら生徒たちと一緒に農業の可能性を探してみよう」、そんなことを考えて、高等学校の農業教員になりました。

 教員生活は楽しかったです。大変なこともいっぱいありましたが、やりがいはあり、何より安定していました。 ところが、いつまでたっても”農業の可能性”は見えてきません。農業の楽しさと農業経営の可能性とは別なのです。「案外、農業教員って天職なのかもしれないなぁ」と思えることもあり、農業経営の夢は夢として終わりにした方がいいのかなあぁなどとも考えました。「あきらめる決断も時には重要、正しいことはひとつではない、与えられた場所で精いっぱい頑張る人生も価値がある」などとも思いました。

しかし、お正月が来るたびに、この言葉を思い出し、何となくさびしさを感じるようなことをその後10年以上を繰り返しました。“明日からやろう”と思っていて明日になると、“昨日の明日”はまた“今日の明日”になる・・・夢を追っているようだけどそうではない、当時の自分はそんな感じでした。

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実は、その後の10年は教員としてそれまで以上に面白かったです。

32歳の時、全国から各県1名の10年目の農業教員が集められて東京で2週間の研修をする機会をいただきました。開講式で文科省の担当の方が「君たちのこれからの10年は非常に楽しくなると思います。今まで、何でこんなんだろうと思うことが改善され、もっとこうなってほしいなと思いうことが実現していきます。時代が君たちを後押しします。そして、10年後今度は時代が君たちを追い越していきます。その時の時代の波に乗れるような知識とスキルと心構えをこの研修で身につけてください。」という話をされました。

バイオ技術や生物工学、環境制御温室、環境学習、ガーデニングブーム、海外農業研修、総合学科としての農業教育など、20代の頃「こうなるといいのに」とか「なぜこうじゃないんだろう」と思っていたことが、次々と現実化したり改善されていきました。情報教育もこのころから始まりました。Jリーグができて下部組織ができ、他の部活動でも地域クラブが始まりました。教員による体罰が当たり前の時代が変わり始めていきました。

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自分が教員をやめて農業経営の道には入ったには47歳の時です。

農業の可能性を見つけて「いつか」を実現できたわけですが、けっして順調なわけでもなく、見つけたと思っていた可能性の雲行きが怪しくなることもあり、「あれ、もしかしたら夢をかなえたのではなくて、時代の波に乗れなくてここに来たのかもしれないぞ」と思うこともないわけでもないのですが、それでも、「“いつか”がいつまでも“いつか”いていいのかなぁ」とお正月が来るたびに自問自答していたあの頃を懐かしく思えることに幸せを感じます。

お正月の青い空を見ながらそんなことを思いました。