野菜が好きになる話 (静岡新聞 2015年9月)

尻太りキュウリ

丸いふくらみ、種がいっぱい

 

暑い時はキュウリがおいしいですね。

キュウリの寿命は意外と短くて、露地栽培の場合だと収穫できる期間は2ヶ月間位で、収穫時期をずらしながら何回も栽培しています。そして、栽培の後半に出てくるのが写真のような、尻太りキュウリです。

 

尻太りキュウリ

尻太りキュウリ

切ってみるとこんな感じ。

種が一杯詰まっています。

種が一杯詰まっています。

 

先の丸くて太い部分は種が詰まっています。

ここまで丸くなっていなくても、こんな感じのキュウリに出くわすことありませんか。水っぽくて甘みを感じますが、種が多いので、キュウリ本来の食感とは異なります。

病気ではありませんが、見た目も悪いので、規格外野菜とされてしまいます。

 

でも、それは食べる人間側の話。キュウリは本来人間に食べてもらいたいわけではありません。野生の動物たちに食べてもらって、フンと一緒に種をどこか遠くに落としてもらいたいわけです。人間は栽培の最後に出てくる尻太りキュウリを「生理障害」などと失礼な呼び方をしていますが、キュウリにとっては人生の集大成、最後の残されたエネルギーで、丸くて、たっぷり水分を含んだふくらみを作って、その中に種を隠しているわけです。いかにも食べてくださいと言っているような丸いふくらみは野生の動物たちにとってはとても魅力的に見えているのだと思います。

 

キュウリの原産地はインド北部からネパールのヒマラヤ山麓です。猿とかイノシシとかキジとかシカたちがキュウリの周りに集まって、丸い尻太りキュウリを嬉しそうに食べている姿が浮かんできたら楽しくなりませんか?

 

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(2017年9月4日 静岡新聞)

毎月第1日曜日、静岡新聞朝刊にて「野菜が好きになる話」コーナーを担当しています。

 

野菜が好きになる話 ( 2017年8月 )

トマトの先に注目してください。

 トマトの写真をよく見ると、先端に糸みたいなものが付いています。何だかわかりますか?

イラストを見ていただければわかりますが、果実は子房が膨らんだもので、その先端にあるのは雌しべです。雌しべに花粉がつくと、雌しべの中を子房まで花粉管が伸びていって受精するから実が膨らみます。

トマトに限らず、野菜や果物の実の先端のプチッとしているところは雌しべが付いていた跡です。

花の構造 子房が大きくなって実になります

花の構造
子房が大きくなって実になります

 

さて、トウモロコシですが、トマトと共通点があります。

ヒゲの主体は雌しべです

ヒゲの主体は雌しべです

 

トウモロコシには長いひげが付いていて、これを絹糸(けんし)と言います。スーパーではヒゲは茶色くなっていますが、最初は絹のように繊細で透き通っています。

ヒゲの正体は雌しべです。ですから、ヒゲはトウモロコシの粒々の一個ずつにつながっていて、トウモロコシの粒と、ヒゲの数は同じです。この長いヒゲの中を花粉管が伸びていって受精し、トウモロコシの一粒ができます。

植物の構造で考えると、トウモロコシの粒々の1個ずつがトマトに相当するわけです。

そうやって考えると、トウモロコシの粒々ってトマトに似ていませんか?

 

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(2017年8月2日 静岡新聞)

毎月第1日曜日、静岡新聞朝刊にて「野菜が好きになる話」コーナーを担当しています。

目指すは「野菜の話のディナーショー」

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掛川駅前の中華料理店四川さんにて、「しあわせ野菜畑の野菜を使ったコース料理をいただきながら野菜の話を聞く」そんな講演会を開きました。

講演の依頼を受けた時に、「単なる講演会より、野菜中心の食事をしながら、野菜の話を聞いたら、野菜がもっと好きになりますよ」と提案して実現した企画です。

目指すは「野菜の話のディナーショー」ですが、
「落ち着きのない食事会」で終わってしまうのではないかと、内心とっても心配してました。

出てくるコース料理に合わせて、「オーガニック野菜の特徴は?」、「キュウリ巻はなぜ、かっぱ巻きと言うの?」、「おいしいトマトの見分け方」、「ナスはなぜ下向きに咲いてるの?」、「ズッキーニって何の仲間」、「カボチャやジャガイモの名前の由来は」、「エダマメの上手な作り方」などの話をしました。

四川さんの腕に助けられて、みなさん満足のお帰りでした。

次回もありそう。良かったです。

トマトとキュウリと人参のサラダ&バンバンジー

蒸しナスのxoソース

蒸しナスのxoソース

ズッキーニと空芯菜とカボチャのカキソース炒め

ズッキーニと空芯菜とカボチャのカキソース炒め

インゲン、バナナピーマン、ジャガイモとモンゴウイカの四川炒め

インゲン、バナナピーマン、ジャガイモとモンゴウイカの四川炒め

モロッコインゲン、トマト、シシピーと卵のチリソース、バジル添え

モロッコインゲン、トマト、シシピーと卵のチリソース、バジル添え

ナス、ズッキーニ、インゲン、人参、タマネギ、ジャガ芋を使ったマーボー飯

ナス、ズッキーニ、インゲン、人参、タマネギ、ジャガ芋を使ったマーボー飯

トマト、ニンジン、空芯菜、タマネギ、モロヘイヤの入った野菜スープ

トマト、ニンジン、空芯菜、タマネギ、モロヘイヤの入った野菜スープ

アンニンドーフ

アンニンドーフ

最初のご挨拶

最初のご挨拶

楽しく聞いてくれたかな?

楽しく聞いてくれたかな?

目指すは「野菜の話のディナーショー」

使った野菜はすべて、しあわせ野菜畑のオーガニック野菜です。

本日はランチメニュー(2500円)でした。

キュウリの赤ちゃん

静岡新聞

キュウリがおいしい時期となりましたね。

さて、下の写真を見て、何か疑問を感じる方いらっしゃいますか?

キュウリの赤ちゃん

先日、農業体験農園のお客様が、不思議そうな顔で「キュウリって花の下に実がなるの?」と話しかけてきました。皆さんは不思議ですか?

 

 

花の構造

上のイラストで、雌しべの下のふくらみ何といいましたか?

そうです「子房」ですね。膨らんではいますが「脂肪」ではありませんよ。

この子房が大きくなって「果実」になります。

花の構造には二つのタイプがあり、ガクと花びらの上に子房があるものを「子房上位」と 言います。 ガクは大きくなると「ヘタ」と呼ばれます。トマトやナスやエンドウやインゲ ンなどがそうですね。ミカンやカキもそうですよ。

理科の授業では左のイラストが使われるのですが、

理科の授業では「子房上位」が使われているのですが、実際は実が 花の下につく、「子房下位」の 植物が多いです。キュウリ、スイカ、カボチャ メロンなどウリ科の植物は全部この形です。バナナやパイナップ ルもそうですね 。

写真のキュウリは受粉前のキュウリです。1週間くらいすると立派なキュウリに育ちます。

 

(2017年7月5日 静岡新聞)

毎月第1日曜日、静岡新聞朝刊にて「野菜が好きになる話」コーナーを担当しています。

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(付けたし)

新聞記事を見て、小笠高校の教員時代の教え子がメールを送ってくれました。

妻が笑っていました。

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久しぶりです!
お元気ですか?
昨日の朝刊に(23面)に先生の記事が掲載されていましたね(^○^)

子房上位、子房下位ってあの時勉強したなぁ~って思い出しました♪
最初は文面だけを読んでいて、
「この文面」は大角先生っぽいと感じ(^_-)

そしたら、本当に大角先生の名前が書いてあったのでびっくりでした\(^_^)/
夏野菜の収穫が始まる頃ですね♪♪

あの頃を思い出します!

ジャガイモはオヘソの周りがおいしいです。

静岡新聞

6月は新ジャガの季節ですね。

最近はいろいろな品種のものが出回るようになり、当社でも、男爵とメークインに加えて、キタアカリ、アンデスレッド、インカの目覚め、シンシアなどを作っています。

収穫を前にして、土の中をのぞいてみると、白いひものようなものの先にジャガイモが付いています。

ジャガイモ

地下茎が太ってジャガイモになります。

ひもの長さは品種によって違い、男爵は5cm~10cmあります。

近づいてみるとこんな感じ。

ストロンを通して栄養を蓄積します。

ストロンを通して栄養を蓄積します。

ひもの正体は地下茎で、ストロンといいます。ストロンは栄養を運ぶストローです。ジャガイモはこのストローの先端が太くなったものです。ストロン一本にジャガイモは一個、お母さんのおなかにへその緒で結びついている子供みたいですよね。

自分たちにオヘソが残っているように、収穫後のジャガイモをよく見ると、ストロンの跡が残っています。芽ではないので、取り除く必要はありません。

ジャガイモのおいしさの元であるデンプンの量は皮の下とストロンの近くが高いです。

無農薬無化学肥料で育てているジャガイモの場合は皮付きのままでぜひ料理してください。ジャガイモのオヘソ(ストロンの跡)を見つけて、この部分のおいしさを知るとジャガイモがもっと好きになりますよ。

 

(2017年6月7日 静岡新聞)

毎月第1日曜日、静岡新聞朝刊にて「野菜が好きになる話」コーナーを担当しています。

 

ノケジョ

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読売新聞より一部抜粋します。

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大学の農学系学部で、女子学生の割合が年々増えている。 

 以前は泥臭いイメージが強かったが、最近は理系の女子学生を指す「リケジョ」ならぬ「ノケジョ(農学系女子)」という呼び方も大学関係者の間に登場している。

食や健康など、生活と結びついたテーマを扱う学部が増えていることが背景にあるようだ。 

「あ、ミミズがおった」「土がめっちゃほぐれてきた」。
奈良市の近畿大農学部で4月下旬、女子学生らが明るい声を響かせながら、畑の耕し方などを学んでいた。
 同学部が1989年度に現在の奈良キャンパスを開設した当時、女子学生の割合は21%だったが、今年度は40%で、ほぼ倍増した。志願者数も2005年度と比べて農業生産科学科で1・8倍、応用生命化学科は2・1倍――という具合に増加傾向が続いているという。 

 農業生産科学科2年の女子学生(19)は「女子が多くて、理系という感じは薄いし、泥んこになるのも嫌じゃない。将来は食品関係の仕事がしたい」と話す。

 文部科学省の調査によると、1989年度に20%だった全国の農学部の女子学生の割合は、2014年度に43%になった。「生命」や「資源」などの名前が付く「農学系」全般だと、更に多いとみられる。

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農業に関して、この手の「農業に今、風が吹いている。」といった論調のマスコミの取り上げ方が、近頃ぐっと減ってきています。
だから、今回の読売新聞の記事は、なんかとても懐かしい感じがしました。

どうも、景気が悪くて就職難になると、農業が「人としての生き方」という点で注目を浴びるようです。
決算が終わり、過去最高の経常利益を計上する企業が続出しています。
大学生の就職率も非常に良くなりました。
「農的暮らし」「自然との調和」は、マスコミ的には、共感を呼ばなくなっていいるのかもしれません。

日本経済新聞をとっていますが、以前は「脱サラして農業を始めた。」特集が多かったのに、
今年になってからは「企業の農業参入」や「農業の海外輸出」の記事ばかりになっています。

こういう時こそ、踊らされることなく、地道にやっていかなくてはと思っています。

教え子の結婚式

結婚式

今日は教え子の結婚式に行きました。

人生のハレの場に招待してもらえたこと、とても嬉しく思います。

彼女は高校3年生の時に、作文で環境大賞という賞をいただきました。
自分の授業をたくさん受けていた関係で、この作文指導を自分がしました。
副賞として30万円いただいたり、ラジオで特集されたりと、大きな評価をしていただきました。

改めてその作文を読むと、彼女が自分の影響をたくさん受けているようにも思えるし、
逆に彼女のこの作文指導を通して、自分自身の方向性を見つけた気がします。

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「農業から学んだこと」

「よし、それじゃあ、今収穫したトウモロコシを生のまま食べてみよう」、先生の言っているその話の意味が私は最初理解できませんでした。「きっと、だましているんだ」と思いながら、そっとかじった一粒の生のトウモロコシはとても甘くておいしく、私はとても感動してしまいました。

これは「農業科学基礎」という授業で自分が育てたトウモロコシを収穫した時のひとコマです。私の通っている静岡県立小笠高等学校は総合学科の学校で、自分の興味や関心にあわせて科目を選ぶことができます。調理師希望の私は「食品加工」「食品科学」「食物」といった調理師に関係する科目を選択していますが、食材の勉強として選択した「農業科学基礎」で農業の面白さにひかれ、「草花」や「温室野菜」や「課題研究」といった農業科目も選択しました。「草花」では種から育てた花で花壇を作り、「温室野菜」では地域の特産物である温室メロンを育て、「課題研究」ではミツバチを飼って学校の中にある花からハチミツを取っています。

私は農業の科目を選択して農業っていいなあと痛感しています。田んぼから吹いてくる風はとてもさわやかだし、稲のさらさらという音はお金には変えることができない幸せな気分にしてくれます。私たちは自分たちの周りにある自然だと感じている風景が農業のおかげだと感謝すべきだと思います。農業は単に食料を提供するのではなく、私たちが自然だと感じている風や水や土や生き物たちの源です。農業に、もっともっと尊敬と感謝の気持ちを持つことが必要だと思います。自然の空気は何ものにも変えられないものです。今農業に興味がない人でも、一度自然に囲まれて心からリラックスできたら変わってくると思います。

畑で野菜を作っていると、畑には野菜以外にいろいろな生き物がいることにびっくりしました。チョウ、ハチ、トンボ、バッタ、カマキリ、てんとう虫、カエル、クモ、ミミズ、時にはモグラやタヌキやハクビシンに畑を荒らされたり、ハトやヒヨドリに野菜をつつかれたりもしました。しかし、考えてみると自然とはそういうものです。

私は「エコロジー」という環境に関する授業も選択していますが、その授業で見学に行った丹野池というのは、茶園へ過剰に投与され流れ出した肥料が原因で水が酸性化しており、コバルトブルーに輝く池の水はどこまでも澄んでいてきれいなのですが、魚もいない水草も生えていない、透き通った池の底に枯れた木が横たわっているとっても不気味な池でした。考えてみると虫がいない野菜はおかしいのです。トウモロコシにはアワノメイガという虫がつきます。私は、虫が付いた野菜なんて食べられないと思っていました。しかし、「虫が付いているのはおいしい証拠なのだ」ということが、トウモロコシを生で食べてみて納得でき、今では野菜に虫が付いていてもあまり気にならなくなりました。消費者はわがままで、「ムシがついた野菜はだめ、でも無農薬や減農薬の野菜を作ってほしい」と思っていますが、それは生産者から言うと無理に近いことです。

野菜の形についても同じことが言えます。人間だって同じ顔、同じ背の高さの人はいません。自分で実際野菜を作ってみることで、野菜にだっていろいろな形やいろいろな大きさがあってもいいと考えることができるようになりました。キュウリはとってもデリケートで手入れが悪いとすぐ曲がったキュウリができてしまいます。私は曲がったキュウリの値段が安いのは、形が悪いだけでなく、味も悪くおいしくないからだと思っていました。しかし、食べてみたら味は変わりません。逆に、キュウリの株に丸まりながらちょこんとくっついている曲がりキュウリが、とてもかわいらしく愛着がわいたものでした。

大根とニンジンを育てた時にも発見がありました。大根の葉はとてもおいしく、味噌汁や炒めものにしてとてもおいしくいただけるのです。ニンジンの葉は少し苦かったのですが栄養分はとてもありそうでした。現在の日本の農産物の流通では、なぜ大根やニンジンの葉を捨てているのでしょうか。

農産物の流通は生産者と消費者の役割分担がされすぎていると思います。温室メロンを作ることになったとき、最初はメロンを食べることがとても楽しみでした。しかし、苗から少しずつ大きくなっていくのを見ながら、いろいろな手間をかけているとメロンに対して愛着というか愛情がどんどんわいてきて、実際食べる時になったら、食べてしまうのがもったいなくて、「でも、せっかく大きくなってくれたのだから味わって食べなくちゃ」と思いながら少しずつ少しずつ、いろいろなことを思い出しながら食べました。生産者は作るだけ、消費者は食べるだけと役割に分かれていますが、生き物を育てて食べさせてもらっているという、一番大切なことが伝わっていないのではないかと思います。農産物は品種改良が進み苦味や臭みが少ないものに変わってきていますが、それは農産物が消費者に与えられる受身のものであり、それは本来の植物が持っている特性とはかけ離れたものになっています。そこには生命に対する尊厳の念や愛着が欠けていると思います。

他にも、野菜を育ててみると、次から次へと疑問がわいてきます。例えば野菜を収穫した時に野菜を洗うのはなぜでしょう。大根やニンジンやジャガイモを収穫すると小さな根がたくさんついています。土を洗い流すとこれらの根は全部取れてしまいます。土から取り出された野菜の生命力は思ったほど長くないはずです。洗うことでさらに生命力を短くしておきながら、保存料や防腐剤で長持ちさせているのはとてもおかしなことです。

このように、野菜を作ることでいままで当たり前に思っていたことに、いろいろな疑問を感じるようになりましたが、うれしい発見もたくさんありました。一番痛感していることは「収穫してすぐに調理や加工して食べることほど贅沢なことはないんだ」ということです。今はグルメブームで『こだわりの料理』が大流行です。世界各地や日本全国からおいしい食材や珍しい食材を見つけてきたり、自然農法や有機農法といった特殊な作り方をしている食材を集めてきたりして、一流の職人が心を込めてつくるのがこだわりの料理とされています。でも、私は本当のこだわりの料理とは、自分が育てたり、自分が畑に出かけて収穫したりした旬の食材を、その場で自分の手で料理することだと思います。『食は文化』といいます。大阪のたこ焼きや広島のお好み焼きや香川のうどんがおいしいのは、瀬戸内海性気候で雨が少なく、その場所で小麦が作られていたからであって、おいしいうどんを作るためにオーストラリアに小麦を捜し求めるのは本末転倒です。

『旬』と言う言葉の意味も野菜作りを通して知りました。日本には四季があって、その時その時にあった食べ物があります。夏におでんを食べないように、冬にそうめんを食べないように、その季節には季節に合った野菜があるはずです。「インカ帝国で太陽の贈り物といわれていたトマトは太陽が大好きなんだ」という話を聞きながら食べた真夏の真っ赤なトマトの味や、白菜を漬け物にするために洗った真冬の水の冷たさは今でも忘れません。旬の野菜はとてもおいしく新鮮で、そこにドラマがあります。栄養素も旬のものと、そうでないものでは違うはずです。

農業を体験してみて私は人の生き方についても考えさせられています。農業を学習する上で大切なのは責任を持つことです。畑に種をまいただけでは農作物は育ちません。国語や数学や英語の授業では自分が休んだり、手を抜いたりしても困るのは自分だけですが、農業の場合は自分が休むと植物がうまく育ってくれません。わき芽とりや誘引はめんどくさいし、暑い日の実習や草取りはいやだなと思ったけど、他の人はやってくれないし、大変なことでも自分がやらないといけません。植物はとても正直です。うそをつきません。やるべきことを責任もってやってあげないとうまく育ってくれないのです。

反面、「正しいことはひとつではない」ということも農業の面白いところです。肥料をやる回数や量を少し変えたり、農薬の種類を変えてみたり、まだ農業の初心者である私には自分なりの工夫としてやれることは少しなのですが、植物の生理や作業の目的を考えながら自分なりに工夫できることはとても楽しいことだと思いました。マニュアルはないといけないけど、それに縛られる必要はないということは、人と人との付き合い方にも共通することだと思います。

総合学科の高校に入学して農業に接してみて、私はいろいろな考え方ができるようになったと思います。私は将来調理師になることを目指していますが、自分で育てたり自分で見つけたりした旬の食材を使って、食材に愛着を感じながら、おいしい料理を作りたいと考えています。そして、自然に感謝でき、人間味があふれた、責任感のある大人になりたいと思います。

静岡県立小笠高等学校 3年 中林由佳  2004年

新企画始まりました

静岡新聞

毎月第1日曜日、静岡新聞にて「野菜が好きになる話」コーナーを担当することになりました。

期間は2~3年間。
果たしてネタ切れなく書き続けることができるのか、不安がないわけではないのですが
せっかくいただいた機会です。
いつか出版依頼が来ることを目標に頑張ります。

 

ほうれん草

 

動物には男と女がありますが、植物は雄しべと雌しべがひとつの花の中にあるので男と女の区別はありません。

キュウリやズッキーニやカボチャのように雌雄異花と言って、雄花と雌花があるものもありますが、この場合も同じ株の中にあり、男女別というわけではありません。

珍しいのは、動物と同じように雄と雌に分かれているもので、これを雌雄異株(しゆういしゅ)と言います。

雌雄異株の代表はイチョウです。ギンナンができるのが雌で、できないのは雄です。他にはソテツ、キンモクセイ、ヤマモモなど樹木に多いのですが、野菜ではホウレンソウが雌雄異株です。

雄のホウレンソウ

雄のホウレンソウ

雌のホウレンソウ

雌のホウレンソウ

 

ホウレンソウは全部同じように見えますが、本当は雄と雌があるのです。でも、葉を見ただけではわかりません。わかるのは花が咲くトウ立ちの時です。

上が雄のホウレンソウ。ホウレンソウは花粉が風で運ばれる風媒花ですので、きれいな花ではありませんが、茎の先端に雄の花を咲かせて、黄色い花粉をたくさん出します。

こちらが雌のホウレンソウ。風に漂う花粉を捕まえやすいように、葉の付け根にめしべをニョキニョキ出した雌の花を咲かせています。

ひと束いくらで売られているホウレンソウは全部同じように見えますが、雄と雌があるのです。

何となくですが、雌の方が葉が大きくてどっしりしていて元気な感じがします。今度ほうれん草を食べる時にじっくり見てください。

(ホウレンソウ好きに、なったかな?)

 

2015年5月3日 静岡新聞

 

 

 

 

「しあわせ」の積み重ね

「大角さん、どうして、しあわせ野菜畑っていう名前にしたのですか。大角さん自身が、しあわせでなければ始まらないですよ。」
農業を始めた頃、農業経営の勉強会で講師の先生から言われた言葉です。

農業経営も勉強やスポーツと同じだと思います。目標にしていたことが思い通りにいかないと、自分の進むべき道が本当にこれでいいのかと不安になって笑顔を忘れてしまいます。
自分が小さく思えて、出来ない理由ばかりが浮かんできて、どうしてかなぁと後ろ向きになります。

納得のいく結果を出すまで頑張れるかは、結局自分自身の問題です。思い通りにいかない時でも、最終的な目標を達成している自分をイメージしたり、この道を進めば自然と問題は解決できると信じることだと思います。
人と比較するのではなく1年前の頑張っていた自分に負けないように、1年後の自分が「もっと頑張っておけばよかったのに」と思わないように努力したいと思います。
どうせやるのなら笑顔で楽しんでみようと開き直って、気分転換を上手に取り入れ、小さな「しあわせ」を積み重ねていくこと、そんなことがコツなのかなと思います。

昨年の4月から、毎月2回この農業欄「こだま」を書かせていただいて、今回が最後となりました。書くことで自分の考えがまとまり、いろいろな人から声をかけていただいて励みになりました。
このような機会を得られたことを、とても「しあわせ」だと感謝しています。
1年間、読んでいただきましてありがとうございました。

(3月15日 静岡新聞 農業欄 こだま )

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2014年の4月から1年間、毎月第1日曜日と第3日曜日の静岡新聞の朝刊に書かせていただいたコラム「こだま」が終了しました。

最終回は、今現在の課題を考えてその克服方法を書こうと決めていたのですが、
なかなか整理できなくて、今回のコラムが一番時間がかかりました。

この文章をこれから折に触れて読み返し、経営を進めていきたいと思います。

 

 

 

「農業の可能性」

自分は47歳の時に25年間勤めた農業高校の教員をやめて農業を始めました。

専業農家の長男であった自分は、卒業したら就農するつもりで大学の農学部に進みました。
専攻は農業経営学、卒論は「企業的農業の可能性」でした。ところが、どう考えても農業をやって楽しい生活が送れるとは思えません。
休みもお金もないような農業しかイメージできませんでした。
友人たちも農業関連産業、あるいは、まったく違う職業に進んでいきました。
自分は「農業教員として、生徒たちと一緒に農業の可能性を考えてみよう」と思いました。

教員生活は大変楽しく充実していました。
しかし、勉強や部活動で目標を決めて一生懸命に取り組んでいる生徒や、時には「そんなこと無理だよ」と思っていた夢を実現してしまう生徒がいて、そんな彼ら、彼女たちがとっても、まぶしく思えました。
「農業の可能性を伝えたかったら、自分自身がやってみよう。農業に興味を持った学生を受け入れられるような農業経営体を目指そう」と思い、妻の応援もあって農業を始めました。

それから7年、まだ農業の可能性を示しているとはいえません。
ホームページに農業高校時代の授業風景の写真があるのですが、「あんまり楽しそうに農業の授業を受けてくれたから、農業に未来を感じてしまったんだよなぁ」などと思ってしまうこともあります。
それでも、写真からは農業の楽しさや大切さが伝わってきて、元気をもらいます。

当社の基本理念は「育てる人、食する人、地域の人にしあわせをお届けします」です。
農業には自分を含めて、みんなを幸せにする力があるのだと信じています。そのことを立証するのが、自分のライフワークだと思っています。

(3月1日 静岡新聞 農業欄 こだま )

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